• 八巻元子/文筆家
  • 中川周平/アザース(株)代表取締役

八巻元子/文筆家

主たる原材料は愛

京浜急行追浜駅の近くに掛田商店という酒屋があります。ここは知る人ぞ知る有名店。ご主人の掛田勝朗さんの厳しい選択眼に適った商品が並べられ、絶大なる信頼が寄せられています。私自身も、料理季刊誌の編集長の任にあったときからたびたび訪れていました。ここへ行けば、生産者の良心の具現ともいうべき食品や、無条件の敬意に価する実践に出会えるからです。事実、掛田さんを通じて知り得た人や食品を何度か誌面で紹介しましたが、それらは料理誌としての本来の責任を果たせたというささやかなプライドをもたらしてくれました。
フリーランスとなってからも、掛田詣でを意識的に続けるようにしています。そんなある日のこと、「若いながら、ゆっくり時間をかけた醤油を造る人がいてね、なかなかいいんですよ」と一本の醤油を紹介してくれました。それが愛媛県大洲市の老舗「梶田商店」で造られる巽醤油との出会い。以来、ずっと使い続けています。「醤油ってこんなに甘かったっけ!」というのが、封を開けて舐めたときの第一印象。透明感のある鼈甲色はほれぼれするくらい美しく、豊かな香りと深い味わいがバランスよく備わっています。最大の特長は奥深い旨味。だからこそ、だし汁で伸ばして割り醤油に、酢で薄めて二杯酢に、いろいろな油と合わせて手軽なドレッシングにと大活躍。言うまでもなく、煮物や炒め物などの加熱調理にも上々です。この醤油の造り手は梶田泰嗣さん。35歳という体力や気力が充溢する働き盛りの六代目で、父上や老練の職人さんたちと天然醸造の醤油や味噌に取り組んでいます。
じつは、巽醤油とは不思議なご縁で結ばれているのです。
掛田さんを通して得たご縁に、大阪の「こんぶの土居」という昆布屋さんがあり、多くの貴重なことを学ばせていただきました。土居さんからは愛媛の若い蜜柑農家の青年を、この青年から八幡浜の蒲鉾屋さんを…というふうに輪が広がっていったのですが、皆さんの共通項は安全を目指す志の高さ。さらに驚いたことに、東京で出会ったつくば市在住の若者から、偶然にも巽醤油のプロモーションの相談を受けたのです!この人もまた、清廉の士の名にふさわしい人物で、それを見込んだ蒲鉾屋さんが依頼したというではありませんか。
私の生きる上でのよりどころ「愛は連鎖する」は、かくしてより強固に裏付けられたのでした。

八巻元子

八巻元子 profile

2002年より料理雑誌四季の味 編集長に就任
現在は、フリーランスの文筆業と食文化研究家として活躍中。
三男二女の母、孫六人。仕事のモチベーションは、
常に、孫やひ孫の世代へ安心して手渡せる食文化をということ。
和食器の愉しさを広めるため、提案型の器展を主催。神奈川県鎌倉市在住。